The Country of the Working Class
日本語の教授の何気ないひと言
イギリスの大学では、言語学を専攻した場合、自分が選んだ言語を使う国へ、少なくとも1年間留学しないと卒業できません。日本で言うところの「武者修業」でしょうか。その国の言葉や文化を肌で感じ、学ぶのが目的です。私の場合は第一外国語がフランス語でしたので、フランスに1年滞在することになります。
経済的に余裕のある人は留学でいいのですが、私のようにその費用が払えない場合は、フランスでの仕事を大学から斡旋してもらうことができます。私はマンチェスター大学と提携していたフランス北東部 Les Vosges(レ・ボージ:キール酒の原産地として有名な町)の高校での英語教師の仕事を用意してもらいました。そこで、私は初めてワーキングクラスの環境から離れ、また初めて「英語教師」という責任ある仕事を経験したのです。生徒たちに外国語を話す楽しみを伝えることで、私自身も言語学を学ぶ明確な意味を見つけた素晴らしい経験でした。
フランスでの勉強を終え、イギリスにもどってくれば、もう4年生です。大学生活を終えたらまたフランスへ行って、英語教師の職につこうと思っていた私でしたが、ある日、日本語の教授と廊下でたまたま出くわし、こう聞かれました。
「フランスでの英語教師生活はどうだった?」
もちろん私は「最高でした!」と答えました。すると、
「日本でもやってみませんか? 学内の求人広告で、日本の文部省(現・文部科学省)が、国際交流プログラムの一環として、英語教師を募集していますよ」と言われたのです。おまけに教授は、日本では英語の人気はとても高いということも教えてくれました。
それまでの私は、日本でたくさんの人が英語を勉強しているなんて考えたこともなかったのですが、〈遠い東の国〉で英語を教えるのも、なかなか面白そうだなと思い始めていました。当時の私は、すっかりフランスに魅せられていたので、「1〜2年日本で教えたら、その後はフランスにもどろう」と、いま思えばじつに単純な動機で日本行きを決めたのでした。
その後私は、教授のすすめ通り、山ほどの諸手続きを経て、大学卒業後の1994年に、生まれて初めてヨーロッパを離れ、日本にやって来たのです。
まさかその後、ずっと住むことになるなんて、当時は想像もしていませんでした。ましてや、日本人男性と結婚することになるなんて。