The Country of the Working Class
難解でまったく異なる言葉を使う国
1990年、晴れてマンチェスター大学 University of Manchester の言語科学・工学学科へ入学した私は、第一外国語には、かねてから興味のあったフランス語を専攻し、第二外国語にはドイツ語を考えていました。
そんなおり、ちょうど私が入学した年から日本語のコースが新設されたことを、大学のオリエンテーションで知りました。考えてみれば、アジアの言葉なんてそうそうふれる機会もないし、「ちょっと面白そう」だなと感じた私は、第二外国語に日本語を選択することに決めたのでした。
そんな軽い気持ちで始めた日本語でしたが、まず、あまりの〈言葉の仕組みの違い〉に驚かされました。日本語は、それまでに私が学んだフランス語、ドイツ語、ラテン語、イタリア語、そして母国語である英語の、いずれの言語とも似ても似つかないものでした。それまでの語学の知識がほとんど役に立たないことに、正直愕然としました。ですから私の日本に対する第一印象は、〈難解でまったく異なる言葉を使う国〉というものでした。
余談ですが、ヨーロッパの言語のおよそ半分は、ラテン語からきています。そのため単語も微妙に似ていますし、会話のさいなども文法的にはほぼ同じであることが多いのです。たまに友人と“言語がその国の人の性格を形づける可能性”について話しをする機会などに、ふと、日本人の独自な特徴は、そのユニークな言語が関係しているのか、などと思ったりします。
たとえば贈り物をする場合、日本語では「つまらないものですが」とへりくだった表現を使いますよね。日本のみなさんにとってはごく当たり前のことなのでしょうが、「気に入ってくれると思うわ」 I hope you like it. という意味のことを表現する国の言葉ばかりを学んできた私から見ると、日本語にはユニークな特徴が、じつにたくさんあるのです。